小津安二郎(1903年-1963年)

戦前は、「大学は出たけれど」、「生まれてはみたけれど」などユーモア溢れる作品で知られます。 戦争中は軍部報道映画班としてシンガポールへ赴任。ここで、接収された大量のハリウッド映画を観て過ごします。戦後は「長屋紳士録」で復帰。以降は「晩春」、「麦秋」、「東京物語」などの名作を立て続けに発表し、日本映画界の重鎮となります。なお、映画監督以上に映像芸術家として国際的に知られ、溝口健二、黒澤明と並んで小津安二郎も非常に評価が高く、「東京物語」はヨーロッパで非常に人気が高い映画監督です。1963年12月12日満60歳の誕生日、腮源性癌腫により死去。死後、フランスを中心に国際的評価が高まり、独特の映画スタイルが斬新なものとされ、著名な映画人たちが小津映画の再評価に勤めます。2003年、小津安二郎の生誕100周年に、記念プロジェクトが立ち上がり、各地で上映会等の記念イベントが催されました。

<お墓の所在地>

〒247-0062
神奈川県鎌倉市山ノ内 円覚寺

TEL:0467-25-3562

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