南部修太郎 (1892-1936)

明治45年、慶應義塾大学入学。文学科露文学を専攻。大正6年3月、慶應を卒業。以後大正9年まで『三田文学』編集主任をつとめ、文筆生活に入る。 彼は経済的には恵まれていましたが、身体的には病が絶えなかったといいます。持病の喘息、チフス、肺炎などで若い頃に命を落としかけています。作家としても、成功したとはいえず、現在では作品を手に入れることさえ困難です。1936年6月16日、脳溢血のため邸前に倒れ、22日死去。

<お墓の所在地>

〒107-0062
東京都港区南青山 青山霊園

TEL:03-3401-3652

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