
尾崎紅葉のもとで修行し「蒲団」「田舎教師」などの自然主義派の作品を発表した、代表的な作家の一人です。また紀行文も秀逸で、「南船北馬」、「山行水行」などが知られます。そして、日本全国の温泉を巡り、温泉に関する本も残しています。博文館の「日本名勝地誌」の執筆に参加、田山花袋編として「新撰名勝地誌」全12巻の監修をおこないました。晩年は宗教的心境に至り、精神主義的な作品を多く残しています。1928年の末に脳溢血のために入院。さらに喉頭癌を起こし、1930年5月13日、自宅で死去。
<お墓の所在地>
〒183-0002
東京都府中市多磨町 多磨霊園
TEL:042-365-2079