
15歳から19歳までを明治学院で過ごし、その自由な校風のなかで次第に文学に目覚めていきます。藤村文学の原点が明治学院にあるといわれるくらいです。「文學界」に参加し、浪漫派詩人として「若菜集」などを刊行、その後、小説に転じ、「破戒」、「春」などを発表。代表的な自然主義作家となります。その他の作品に、日本自然主義文学の到達点とされる「家」、姪との近親姦の告白を綴った「新生」、父をモデルとした歴史小説「夜明け前」などでも知られます。1943年、「東方の門」の連載を始めますが、8月22日、脳溢血のため大磯の自宅で死去。
<お墓の所在地>
〒255-0003
神奈川県中郡大磯町大磯 地福寺
TEL:0463-61-3300