村山槐多(1896–1919)
愛知県岡崎市生まれの洋画家・詩人。本名・村山槐多(かいた)。京都府立第一中学校で湯浅一郎、青木繁の画風に触れ、画家を志した。叔父は美術評論家の山本鼎。
1914年に上京し、日本美術院の研究所で洋画を学んだ。代表作は『ガランスの果物』『湖水と女』『松の群』『二少年図』『裸婦』など。激しい筆致と燃えるような赤(ガランス)の使用で知られる夭折の画家として、関根正二と並び称される。
絵画と並行して詩と散文も書き、生前に詩集が編まれることはなかったが、死後に与謝野鉄幹・晶子夫妻の編集で『槐多の歌へる』が刊行された。22歳でスペイン風邪により夭折。短い生涯ながら、日本近代美術と詩の双方に強烈な印象を残した。