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人物伝

高村光太郎(たかむら こうたろう)

高村光太郎(1883–1956)

東京・下谷西町生まれの彫刻家・詩人・画家。父は彫刻家・高村光雲。東京美術学校(現・東京藝術大学)彫刻科を卒業後、1906年から1909年までニューヨーク、ロンドン、パリに留学。ロダンの彫刻と西洋近代美術に触れて衝撃を受け、帰国後も日本の彫刻と詩の両面で革新を主導した。

彫刻代表作は『手』『腕』『十和田湖畔の裸婦群像(乙女の像)』など。詩では妻・智恵子との生活を綴った詩集『智恵子抄』(1941年)が広く愛され、近代日本詩の白眉のひとつに数えられる。他の詩集に『道程』『典型』『暗愚小伝』など。

戦時中は戦争協力詩を発表したことを戦後深く悔い、岩手県花巻郊外の山小屋に独居して自己省察の生活を送った。詩と彫刻の両面で近代日本の表現の地平を切り拓いた巨匠として、いまも繰り返し読み直され続けている。

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