日本探偵小説三大奇書の一つに数えられる畢生の奇書「ドグラ・マグラ」をはじめ、怪奇味と幻想性の色濃い作風で名高い作家です。昭和2年(1927年)にのちの「ドグラ・マグラ」の原型となる「狂人の解放治療」を執筆開始。昭和4年(1929年)に発表した「押絵の奇蹟」は、江戸川乱歩から激賞を受けます。構想、執筆に10年以上をかけた代表作「ドグラ・マグラ」は、昭和10年(1935年)1月に松柏館書店から刊行されましたが、翌年の1936年3月11日、来客の応接中に脳溢血で死去。
<お墓の所在地>
〒812-0035
福岡県福岡市博多区中呉服町 一行寺
TEL:092-291-4495